徳間 THE もののけ姫 パワー!!
2007-02-26 Mon 21:51
japan-最北端

プロモーション


俳優blogger(ブロガー)高橋和勧が最近、感じる事なのだが、今の時代『リアルの世界』と『ネットの世界』はお互い理解し合ぇるのだろうかぁ!?みたいな論議がよくなされているが、○○権にあたる、よって違法行為である。

然しながら、裁判は法律の枠組の中であれっ、それっ、こっちの法を引っ張り出し一つの正しい事実というより、その事件の算定を裁判官に教え込むものが勝であるというのが真実であり、世音を澄ませばこのせちがなぃ世の中を『まだ、まだまだ、生きてる…

高邁な精神(魂)に出遇ぃ教えられる事は最高裁判事が、そんな事は有得ないと言っても、このweblog愛読者なら音霊学(新四次元)=十一次元の現象を物的証拠として提出可能であることも承知の通りだぁ。
巷で流行の精神世界などの自己満足ではなぃ。

『人間たちの所為』は徳のある行為は必ず報われ来世と繋がり合っているのだと自身は信じる。

そんな体験を又、ココ数ヶ月の間に、人との縁という形で現れてきているので、言える事なのだがぁ。

はじめの結論を申すなら、何事にも決してどっぷり浸かるのは問題だが、営業というプロモーション活動は自身の足で先ず、先方に会い顔を知って貰いこれっ1番だが、自身が行く所に先ずPCが、必ずある事も把握しなくてはならなぃ。

今後はweb秘書やら、webマネージャーやらの肩書きの仕事の速さが求められて来るに違いなぃ。

角川書店 創業者 角川源義氏とは戦時中の友であり、徳間書店 創業者 徳間康快氏とは戦後の日本を懸命に作った友の唐澤忠雄氏の民生新聞(第866号)より、

抜粋します。

橋本元首相の怨念


人間の怨念というものが存在して死後も魂となって働くということは昨今では益々盛んに云われるようになっている。

すぐれた哲学者の梅原猛氏などの範疇を逸脱してしまうのではないかと心配される程、死の世界を強調されている。

他にも沢山の権威や尊敬される人物も同様の考え方や信仰されている方々がいる。

そこで、温暖化問題が急浮上しているさなか、京都議定書に全力を傾注して、つい先頃亡くなった橋本龍太郎は例の一億円問題で追及を受け多くの話題を残して病没したが、考えてみると彼など、

議定書ばかりでなく、北方領土問題で時のロシア大統領に食いさがり、すんでのところまで追い込んでいたのに結果は思わしくなかった。

アメリカ国債購入問題でも彼は懸命に闘ったが、経済運営を誤ったと批判されている。

少々威張り、裸の王様になった嫌いもあるが、死して何年かしてみると、彼のやった仕事に評価が現れて来るかも知れない。

歴史の判断の必要な所為だ。


別窓 | 思想 | コメント:6 | トラックバック:0 | top↑
記者魂!唐沢忠雄の歩み…
2006-11-29 Wed 00:00
ケアンズの虹(2006.11/23)

上記の、画像はケアンズの虹ですが空港の上空に出現するのは、珍しいそうです。By.和勧


『民生新聞(864号)抜粋』筆者は、戦後、東北の創業百年にもなる新聞社で論説を書かせてもらい、米軍の、

占領下で進駐部隊長や各将校と話す機会を得て、アメリカという国が、

いかに記者を大事にするかを知り、敗戦の中にあっても新しい希望を持つ事が、

出来た。

そして以来60年私にはこの世界は、どのような人物によって創られ、また、

牛耳られているかを知りたいと思っていた。

何せ戦前全体主義思想の盛んだった時代に学んだ人間であるから、戦後の民主主義

思想
を、体得するには相当の年数をかけざるを得なかった。

本来思索し始めるとどこまでも追求に追求を重ね、体得するまでにならないと納得のいかない、

愚かな性分である。

手当たり次第、関連の書物を読み漁り且つ考え探求し続けた。

そしてこの不体裁な小新聞を発行して60年思索を続けている。

仕事がら現場に行かざるを得なかったが、本来の性格はフランツ・カフカの、

ように家から職場まで何百米の処を往ったり来たりして生涯を終えるという、

生活様式に自然になってしまう。

このような人間にはこうした中で世の中に貢献できるものなら貢献して、

いく以外にないのである。

読売新聞社長室で評論家馬場恒吾に、

「君は背の丈ほどになる高さまで原稿を書きためなさい。そうすれば、

或時期から一気に世に出ることが出来るよ」と立ち上がってあの、

容貌魁偉な顔に笑みを浮かべ教えてもらったことが忘れられない。

(当時、社長の正力松太郎氏は戦犯容疑として、巣鴨の、

拘置所に拘留されていたから、その間信頼する馬場恒吾氏
に、

社の経営を託していた)

柿の木坂の馬場先生の自宅に家族ぐるみでお訪ねさせてもらい菊池寛などがよく行った小田原の「柏又」という、

「うなぎや」の話などをしてくれた。

その頃小学生であった長男英偉が柏又の話をよく覚えていて柏又に行く度に、

馬場さんの話が出てきた。

その長男 英偉 が今では、六十になり国際福祉医療大学病院で、内科の教授をしている。

もう一つやさしい馬場さんは、女房の草賀類子の詩、

『山繭』週刊読売の編集長松尾邦之助氏に紹介してくれ、掲載させて戴いた。

松尾邦之助氏はフランスのレニオンドヌール賞を、

受賞して当時一世を風靡していた哲学者のサルトルなどとも、

友達であった。

私がフランス文学を読み耽るようになったのは松尾氏の影響があるのだろう。

フランスでは、林芙美子の世話もしたらしかった。

思わぬところで宣伝になって申し訳ないが、要はレベラリスト馬場恒吾や、

松尾邦之助は本物と言える人たちであったということである。
記者魂!唐沢忠雄の歩み…の続きを読む
別窓 | 思想 | コメント:6 | トラックバック:0 | top↑
お茶を引く !?
2006-07-17 Mon 23:34
関西から、こっち来て湘南という土地柄は、全然、夏でも過ごしやすかったが、ここ数日、まるで盆地の様な蒸し暑さがあったのは、盂蘭盆のせいかなぁ〜ヾ(^_^;

今、ようやくアメのせいか、しのぎやすくなってきた。

さて、お題なのだが、Google検索してみると。。

1:茶臼で引く、抹茶と関係があるなど、昔、遊女が客が付かなく時間潰しからきた意味(世界緑茶協会)。

2:日本最大ホストクラブ業界用語では、「指名が付かず売れ残ってしまったという」意味(類似語・坊主)。

今日はお茶引いたー。だとさぁ。なら、今日 絵かいて呉よー。は水商売なら特にホストは当り前で使う言葉だし。。。

茶筌の里、500年の伝統技術から考えさせると、茶道のこころが見えてきます。敢えて、携帯で撮った赤膚山と印された湯呑、お母さん、キミ子作のアップは止めにしょう(^-^)

【皆さま、玉露と聞くとお茶の名称と思っている人が十中八九だと… 】

たまたま、内の御先祖上人さまに、玉露という名がいまして、その真意を松山の先生に教えて貰いました。

言うまでもありませんが、茶を点てるその技のこころにつうづる事にあるのです。

従いまして、「お茶を引く」これは、時代考証するのなら、妻妾がお茶を汲んで、殿様の前へさし出す。

すると、殿が今夜の伽をさせようと思う者のお茶を取り、あとの連中はお茶を持って引き下がる。

よって商気は一切なし。こんな出た言葉が、正論と俺は考える。

和勧独言:竹かぁ〜〜。迦具夜姫と迦具矢姫、うん〜いずれ総体して片ずけなきゃだぁ。゜
別窓 | 思想 | コメント:1 | トラックバック:0 | top↑
| 君家物語 | NEXT

google検索

Google
 
Web 君家物語内