桜紋(sakura-mon)
2007-12-14 Fri 19:17
護国ノ馬(山桜紋)
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輪宝紋(RinbouMon)
2007-04-03 Tue 01:12
(naritarinbou-mon)


上記画像は千葉県にある成田山 新勝寺の宗紋『成田輪宝』であるが、とても複雑な華やかさを感じる。

車の輪に、その下は「宝」の文字だが只の車ではなぃ。

インドでは広範囲にこの印がみられる。大形の人の背タケにレリーフ形に彫ってたりする。

法の車でこれがまわり、真理が開かれる事であろう。やがて日本に渡り、法具になり輪法と転じ、この紋は、寺の屋根・仏具・仏典などにそえられたりする。

尊ぃ仏の印(シルシ)と考えてよぃが、卍(注連縄)や蓮や金剛杵などもある。

特に密教法具としての感が強い。※巷の占いなどの一部でもある。

古代インドでは実際に戦場にグルグル回転する武器であったらしい。

仏教は真理を廻らす意が抽象化され偉大な人格者を転輪聖王というようだ。

日本では仏具には飾り・呪符・加護の印である事は勿論で最も古いものは、

奈良 薬師寺の仏石にみられる。尊ぃ足を修復する為の印で習俗はインドやスリランカの仏足石のも、これらが付ぃている。

日本の寺院には『天台宗菊輪法』・『真言宗輪法』・『大日輪法』などがそれである。

形は車輪形で八方に放射状から中心に輪に向かって出ている支え木が出ている。均整バランスがとても美しい。

備前児島郡三宅庄からの出自の児島氏は児島高徳として有名である。

三宅連から出た名族で聖護院に所属・修験道の本山である。

児島一族はこの法器を家紋とした。高徳は架空の人物であろうと歴史家は言うが三宅氏の後裔である児島が輪法紋を使用した事は違えなぃ。

江戸時代には三河田原城主の三宅氏が踏襲し現在も備前。備後・讃岐・をはじめ瀬戸内海地方にかなり広がりをみせる。

清和源氏の佐々竹氏・漆戸の諸氏・下曽禰氏・三善氏流の布施氏・加納・松本・塩入氏や藤原氏頼道流の津軽氏など。

多くは仏者関係が使用紋である。

「太平記」から桜木に十字の句を刻った。

天 莫 空 勾 踐 時 非 無 茫 蠡
          是以天皇(^^)


  

    

   
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巴紋(Tomoemon)
2007-01-13 Sat 18:28
kashima-jinngu(鹿島神宮)

上記画像は、鹿島神宮の神紋である『丸に右三つ巴』の紋である。


 先ず、この巴の文字の由だが、蛇がとぐろを巻き首をもたげる形、鞆(とも)は、 弓を射る時、弦にふれぬ様、左肘に付けた具、そこに付けた飾り絵という。


 形は巴の漢字に似ているので、巴の字を当てた。


 日本では、革の生産を商にした起業は古く、今では芸人・島田紳助のCMで、 お馴染みの「凄いボイラ 三浦のボイラ 知ってる人は知っている」牛の鼻から「ブゥウー」というのが、 あって、最近では「知らない人は 知っててね(^^)」みたいに多少変わったのだがぁ!


 『ウィキペディア』で『三浦工業(株)』を調べると、最初は米の精米機からとの記載となっているが、 間違いである。 本当は革を生業となし始まった企業である。


 創業者の『三浦保氏』とは故父方の血縁だと親族から小生は聞いている(2007 2/18)。


 さて、巴紋が家紋にあるが、多くは神紋だ。   相州では『寒川神社』の神紋は【丸にやせ三つ巴】ここは全国でも、方象位学上(風水学)1番ではないかと感じる。


 特に八幡さんまで用いる、予州湯築城(※忽那氏が落した城)を通り、お菓子の神様・中嶋神社をもっと、 登ると伊佐爾波神社(湯月八幡宮)【右三つ巴】が神紋でそうである。


その上に石手寺がある。 中間辺りだ。


古来、何をシンボライズしたかが諸説がある。 1.水または渦巻き 2.胎児 3.勾玉 4.神霊 5.人魂 紋章学の視野は世界的に広く、筆者はあくまで日本紋章学の分野にとどめたい。


 ※ケルト民族のケルトの書などから5000年前渦巻き文様が確かにあるし、ケルトの文様こそ水の女神・セクアナである。


 ヨーロッパ ローマの侵攻でアラン諸島まで、追い込まれた。『組紐文様』は日本で言う和義を表象的にしたものに思える。


 又、手相学では有名な線には、掌中に交差する『神秘十字線』簡単に言うと百貨店そごう(十合)のマークロゴもケルトの神秘に関係するのかと、妄想は膨らむ。


 Vodafoneのマークのロゴも赤い左頭でっかち一巴でしょ(^^) まぁ、こんな感じになり系図化しにくくなる。


 大学教授やらの、専攻する物は極めて専門的でローマ王時代・公家.貴族文化の研究だったり、 同じ約1300年の社会そればっかみると、全体像が見えなくなる事はあり得る問題で、 頭でっかちになってしまう学徒はたまったもんじゃなぃ。


 おそらく、学術的派閥が存在するのは当然である。 某一流大学院の専攻科(貴族・公家文化.社会学)の教授に弟子レベルの、 学徒が師に『関白殿社』の存在を知らないという事は、ここのWeblogの、 情報発信が1番最初であり、文化財課も、今では市に合併したが故その長は、 公にしないかが疑問である。


 ※五輪塔群藤原氏一族を研究する上で最も重要な鍵になるのだ。何故なら全国探しても、ここにしか存在しないからだ。俳優blogger(ブロガー)としてこの事を宣告しておく事にする。


 本年は、お墓参りをしご先祖様上人一行に、じっくりと遇ぃに、ゆきたぃ。


では、正月、書き初めつう事で4.神霊説でいってみよう! 太鼓をドンドン敲いて霊を呼び起こす。昔、我が国最古と言われる道後温泉の、 1番風呂もそうであった。


壮絶な湯に浸かる為の競い合いであった。 大国主命と少名彦命が道後の湯から宿った神話があるので、頷ける(白鷺伝説だ。)


皆様に知られている所で『忠臣蔵』はTVで有名である。 義士討入りの時も、大石内蔵助の陣太鼓は確か『左二つ巴』である。


 兵庫県赤穂郡 大石神社の神紋である。あそこには、やっぱ『水みくじ』 なるものがあり、水に浮かべて吉凶の文字が現れて来る仕掛けだ。

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