波紋(Namimon)
2006-09-20 Wed 23:41
tuinami-mituuroko-mon(江ノ島神社)


名字と家紋・家紋の由来


波紋(Namimon)のもとは、水である。  図形化で表現するのは、難儀である。

流水の形ではあるが、古来から、水には水の魂がある信仰があり、この魂の鼓動を聴くなら、より怒った高波であり、竜巻のおこった形で龍を描いたりもする。

日本の波紋(Namimon)の多くは【立波】であるのは、うなずけるであろう。

江ノ島神社の龍神は頂上の方に祀られているが、信仰的には、水中に身を隠し、事あらば、風・雨・波を興し、昇り龍となりて、天に舞う。  水神である。

怒りを鎮めるには、人柱もたてなければと、浦賀海峡をわたり、日本武尊を助けるため、入水した、弟橘姫の話がある。

この紋は、斉藤道三が作った【道三波】であり、2つの波が海上に盛りあがった上に、2・3のしぶきが躍っている。

2と3は永久に対立する数で【日本算名推運學参考】、「人生はわりきれぬものだ」美濃の国盗りが物語っている。

出自は山城で松波庄五郎という油売りと云われている。

ならば、【松(待つ)波が如き道(動く)三波】に成るという波動の原理・法則であり、そこに善悪の道義なし!!

下克上だ〜〜〜〜。。。。

和勧命名(^_^.)道三哲学にする。


・山内一豊が、「前野家記」によれば家臣の前野豊成の【立波紋】を、一時、山内家の三つ柏を与え使用した。

・平重盛流 【小栗波紋】

・藤原秀衡氏流 【松田波紋】

・二頭波 ・抱き波など。


鱗紋(Urokomon)は、また書くが、魚のウロコを思い浮かべたいところだが、言っておくが、家紋のウロコは性質上、龍のウロコである。

語源や図象を考究するなら古くリアルだが【藤】は【龍】に通づる。
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扇紋(Ougimon)
2006-09-11 Mon 18:15
【相撲の起源と外交】でアップした画像は、たまに小生が、散歩に行ってパワーを貰いに行く江ノ島神社で写したのであるが…

弁天様は芸能に通づる姫神様ということもあり、歌舞伎役者・尾上菊五郎が、使用している【重ね扇に抱き柏の紋】を家紋としている。

扇紋は、末広などともいわれ、大阪北区には、関西テレビが扇町に数年前引越したし、ミナミの宗右衛門町にスエヒロという鉄板焼き屋のお肉が、手ごろでおいしかったな〜。

どう言うことかと申すと【扇の地名】・【扇の姓】の側面からも予見する事で紋の縁がりが、繙く材料になると、考えます。従いまして総体的な日本の家紋の由来の追究が体系ずくのです。 

対馬国厳原市の出自は、阿比留氏に関連しているであろうといえます。

縁起が、よいので扇の中に更に家紋を、描くことができる、所謂、複紋で婚姻して両家の紋を一つにしたりすることも、最近ではあるらしい。

形は【開き扇】の他畳んだ紋や、中啓といって骨の反った紋、地紙だけの紋。

種類で言うと紙扇や桧扇もあり、今では、160種以上も図案化して家紋とされているのだ。

替紋をもたせるといった配慮が省けるので便利だとは想うのだが。。

【左団扇】や【お蚕ぐるみ】などの言葉がありますが、まゆから、とれる絹、その絹物ずくめの人を言いますが、何時もシルクの着物を着ているということは、贅沢な生活をしていることを意味しますよね。

紋章学の立場からは、逸れる様な気はするが(自身の中では、そうではない)花柳界では、【比翼紋】と呼んで恋人の紋と自分の紋を合わせて作る紋のことだそうです。

それには、この【重ね扇の紋】が、風流でオシャレですね。

ただ、自分の紋が橘で恋人の紋が、井桁で組み合わせて着物に付けたら、【日蓮宗の紋】になっちゃって芸者やめて尼僧に転職したらとなっちゃうので、気を付けて下さいませ(*^_^*)

橘紋・柏紋・などについてはまた書くことにする。

さて、扇紋であるが…
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相撲の起源と外交
2006-09-09 Sat 16:21
重ね扇に抱き柏(kasaneougi-dakikashiwa-mon)


【民生新聞】ウエブサイト記事タイトル大島部屋(Oshima Beya)】
関西奄美相撲連盟合宿!

のつづきを書こう。。  起源を検索すると、俺の出る幕がない様なので、自身の視点から、物言わせて戴く事にする。。。。

諸外国には、そこで生まれた相撲の原点がある。 モンゴル相撲・中国.タイ相撲・我が国にも琉球相撲…

日本の国技.相撲である。 神話の時代「古事記」の中で出雲の国をかけた、建御名方神と建御雷神の懸命な男の死闘であったのだ。

これが、日本相撲の起源とされてるが、話は少し逸れるようだが、剣道の起源が、韓国である、ない、との説がある様だが剣を考えると、朝鮮半島を渡り倭の国に来たのは、事実である。 神話の中の剣も真っ直である。 然しながら、由はそうであっても、剣術となると日本人の手によって刺すから、斬るという鍛冶職人の工夫により反りを入れ技と心が、生まれたのも事実である。

この様な伝統文化を、日本人は、大切にする風習が大衆の心に相撲にしても、歌舞伎にしても焼き付いているからだと俺は思う。

諸外国も、認めてくれているのである。 誇りである(^^♪

天覧の相撲

豊作を願い神に奉納する神事となりて、また、「日本書紀」642年、皇極天皇が百済王の使いを、もてなす為に宮廷の健児を集めし、始まったのだ。

その後、戦国の世となりて、相撲が武術として、力士(もののふ)としての由縁もここにある。 言っておくが、どこかの公共放送が、信長が由来であると申していると回りから聞いたが早計なメディアの業である。

勧進の相撲

江戸時代になると、神社の修復の為の寄付を集めたり、庶民的な相撲となりて、決まり手の約束も48手が成され、スポーツとしての相撲が、はじまったのである。

大相撲

後期に入り、今の協会の前身にあたる、【江戸時代相撲会所】が整備され、相撲年寄と相撲部屋が出はじめ、長大なる新四次元の歴史の中で進化して頂きたいもんだ。

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