
上記画像は千葉県にある成田山 新勝寺の宗紋『成田輪宝』であるが、とても複雑な華やかさを感じる。
車の輪に、その下は「宝」の文字だが只の車ではなぃ。
インドでは広範囲にこの印がみられる。大形の人の背タケにレリーフ形に彫ってたりする。
法の車でこれがまわり、真理が開かれる事であろう。やがて日本に渡り、法具になり輪法と転じ、この紋は、寺の屋根・仏具・仏典などにそえられたりする。
尊ぃ仏の印(シルシ)と考えてよぃが、卍(注連縄)や蓮や金剛杵などもある。
特に密教法具としての感が強い。※巷の占いなどの一部でもある。
古代インドでは実際に戦場にグルグル回転する武器であったらしい。
仏教は真理を廻らす意が抽象化され偉大な人格者を転輪聖王というようだ。
日本では仏具には飾り・呪符・加護の印である事は勿論で最も古いものは、
奈良 薬師寺の仏石にみられる。尊ぃ足を修復する為の印で習俗はインドやスリランカの仏足石のも、これらが付ぃている。
日本の寺院には『天台宗菊輪法』・『真言宗輪法』・『大日輪法』などがそれである。
形は車輪形で八方に放射状から中心に輪に向かって出ている支え木が出ている。均整バランスがとても美しい。
備前児島郡三宅庄からの出自の児島氏は児島高徳として有名である。
三宅連から出た名族で聖護院に所属・修験道の本山である。
児島一族はこの法器を家紋とした。高徳は架空の人物であろうと歴史家は言うが三宅氏の後裔である児島が輪法紋を使用した事は違えなぃ。
江戸時代には三河田原城主の三宅氏が踏襲し現在も備前。備後・讃岐・をはじめ瀬戸内海地方にかなり広がりをみせる。
清和源氏の佐々竹氏・漆戸の諸氏・下曽禰氏・三善氏流の布施氏・加納・松本・塩入氏や藤原氏頼道流の津軽氏など。
多くは仏者関係が使用紋である。
「太平記」から桜木に十字の句を刻った。
天 莫 空 勾 踐 時 非 無 茫 蠡
是以天皇(^^)