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2007-12-14 Fri 19:01
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無事、役目を努めた。「おとん」善かったな。おじいちゃん・おばあちゃん・みんなが居て。この船の窓からみえるもの。おばあちゃんは長く、生きてくれた。腰が90度に曲がっても乳母車で歩く。いつまでも、見送って居る。ガキでもないのに、道徳伯父さんが、ティッシュに包んで札をくれた。おばあちゃんと、一緒の渡し方。温かい。
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2007-12-14 Fri 18:49
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8・22新宿西口深夜高速バスに乗る。翌朝1番、JR松山駅に着く。晴天なり。8・23儂の誕生日だ。清水町の先生の所に先ず、挨拶にゆく。生き仏のような僕の伯父さんだ。高浜から水中翼船で神浦に渡る。伯母さんと道徳おじさんが迎えにきていた。もう暗かった。軽トラで長師岡小路に向かう、途中、防波堤で栄治が釣りをしおるけんと・・・・・俺は挨拶をすると、「的場に殴られよんの観とったよ〜」、毎年の夏、花火戦争をした親戚だ。相当の年月ご無沙汰だった。記憶が甦る。今回の役目はおとんの納骨だ。ずっとのど仏を抱いていた。
翌朝、ご仏前で経をよみ、ひやっ〜とした空気の中、おとんの兄弟が姫が浜の長師墓地に集まってくださいました。ココは厚いのなんの。出来る限り、親類のお墓参りをした。本家のお墓は五輪塔になっており西国を向いている。戒名墓が並んでいる。偶然にも8・24は島では盂蘭盆だそうだ。上の画像は松山北高校、おとんはOBだ。
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