
上記画像は、鹿島神宮の神紋である『丸に右三つ巴』の紋である。
先ず、この巴の文字の由だが、蛇がとぐろを巻き首をもたげる形、鞆(とも)は、 弓を射る時、弦にふれぬ様、左肘に付けた具、そこに付けた飾り絵という。
形は巴の漢字に似ているので、巴の字を当てた。
日本では、革の生産を商にした起業は古く、今では芸人・島田紳助のCMで、 お馴染みの「凄いボイラ 三浦のボイラ 知ってる人は知っている」牛の鼻から「ブゥウー」というのが、 あって、最近では「知らない人は 知っててね(^^)」みたいに多少変わったのだがぁ!
『ウィキペディア』で『三浦工業(株)』を調べると、最初は米の精米機からとの記載となっているが、 間違いである。 本当は革を生業となし始まった企業である。
創業者の『三浦保氏』とは故父方の血縁だと親族から小生は聞いている(2007 2/18)。
さて、巴紋が家紋にあるが、多くは神紋だ。 相州では『寒川神社』の神紋は【丸にやせ三つ巴】ここは全国でも、方象位学上(風水学)1番ではないかと感じる。
特に八幡さんまで用いる、予州湯築城(※忽那氏が落した城)を通り、お菓子の神様・中嶋神社をもっと、 登ると伊佐爾波神社(湯月八幡宮)【右三つ巴】が神紋でそうである。
その上に石手寺がある。 中間辺りだ。
古来、何をシンボライズしたかが諸説がある。 1.水または渦巻き 2.胎児 3.勾玉 4.神霊 5.人魂 紋章学の視野は世界的に広く、筆者はあくまで日本紋章学の分野にとどめたい。
※ケルト民族のケルトの書などから5000年前渦巻き文様が確かにあるし、ケルトの文様こそ水の女神・セクアナである。
ヨーロッパ ローマの侵攻でアラン諸島まで、追い込まれた。『組紐文様』は日本で言う和義を表象的にしたものに思える。
又、手相学では有名な線には、掌中に交差する『神秘十字線』簡単に言うと百貨店そごう(十合)のマークロゴもケルトの神秘に関係するのかと、妄想は膨らむ。
Vodafoneのマークのロゴも赤い左頭でっかち一巴でしょ(^^) まぁ、こんな感じになり系図化しにくくなる。
大学教授やらの、専攻する物は極めて専門的でローマ王時代・公家.貴族文化の研究だったり、 同じ約1300年の社会そればっかみると、全体像が見えなくなる事はあり得る問題で、 頭でっかちになってしまう学徒はたまったもんじゃなぃ。
おそらく、学術的派閥が存在するのは当然である。 某一流大学院の専攻科(貴族・公家文化.社会学)の教授に弟子レベルの、 学徒が師に『関白殿社』の存在を知らないという事は、ここのWeblogの、 情報発信が1番最初であり、文化財課も、今では市に合併したが故その長は、 公にしないかが疑問である。
※五輪塔群は藤原氏一族を研究する上で最も重要な鍵になるのだ。何故なら全国探しても、ここにしか存在しないからだ。俳優blogger(ブロガー)としてこの事を宣告しておく事にする。
本年は、お墓参りをしご先祖様上人一行に、じっくりと遇ぃに、ゆきたぃ。
では、正月、書き初めつう事で4.神霊説でいってみよう! 太鼓をドンドン敲いて霊を呼び起こす。昔、我が国最古と言われる道後温泉の、 1番風呂もそうであった。
壮絶な湯に浸かる為の競い合いであった。 大国主命と少名彦命が道後の湯から宿った神話があるので、頷ける(白鷺伝説だ。)
皆様に知られている所で『忠臣蔵』はTVで有名である。 義士討入りの時も、大石内蔵助の陣太鼓は確か『左二つ巴』である。
兵庫県赤穂郡 大石神社の神紋である。あそこには、やっぱ『水みくじ』 なるものがあり、水に浮かべて吉凶の文字が現れて来る仕掛けだ。
内蔵助は、山鹿素行に軍学・山鹿流の陣太鼓・伊藤仁斎に儒学を学ぶ。
大石家は、藤原秀郷流小山氏の流れを汲んでいる家系で「大石系図」が、 藤原秀郷が関東下向の折、本領近江栗田郡大石で一子を産み、末裔が応仁の乱で、 一族討死。
小山朝政の子孫が身内に大石家を継がせ、大石金右衛門の時、 信長に江州の居城を没収、嫡流は滅ぶ。支族は大石村に存続した。
大石弾正左衛門家も、そうで五代良雄が内蔵助である。
ここで、巴の種類に左廻りや、右廻りや、おたまじゃくし(殿様ガエルノ赤チャン)の様な、 形をした細い痩せこけた巴紋もあるが、この辺りは東京の泉岳寺や、赤穂の大名神社で職に聞いてみるのも、 面白いと思う。
【右一つ巴】・【右一つ巴】・【右二つ巴】・【やせ二つ巴】など。
和勧独言:読者の皆様、遅れましたが、新年おめでとうご座います。本年も何卒よろしく存じ上げます。皆様もmixiというサイトの事を知っているとは思いますが、そこには、コミュニテイというものが、沢山ありまして『子孫末裔・貴族会』なる管理人(発起人)の出鱈目に、沢山メッセ戴き対処していました。
ネツト社会故、あこぎなやり方はよくないと考えたからです。